FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

(20)昭和57年 大学同好会

1.昭和57年6月の第6回首都圏交流試合で4位に入賞した皿山康浩は、法政大学同好会のメンバーです。  法政大学同好会は昭和54年、法政大学4年生だった浜井良明君(現・中部本部長)に連れられて道場にやってきた『法政大学実戦空手同好会』が母体になっています。  

 4年生の近藤・野村、3年生の大西・伊藤、2年生の湯城・成瀬、1年生の坂本などがいました。  近藤が初代の主将でしたが、翌年は大西が主将を務めます。  皿山は、大西が主将の時に入学して来ました。

2.空手の選手としては、いつでも練習可能な専任の指導員についで、大学生が時間的に恵まれていると思います。  そこで、大学同好会の設立には力を入れてきました。  法政大学の後は、東京大学・一橋大学にも同好会を作りました。

3.法政大学同好会は、昭和60年代の前半に事情があって活動を休止します。  今思えば、そのまま継続するべきだったかもしれません。  いずれにしても、第2代主将の大西が後に全日本チャンピオンになったり、創成期の城西にとって大変重要な存在でした。

4.松井館長体制になってから、早稲田大学・明治大学に同好会を作りました。  早稲田大学同好会は、私がお世話になった林和信社長の長男の真司君が、早稲田高校から早稲田大学に進学した時に作りました。  真司君と同級生の浅郷君の2人が中心となって、会員を増やしていったのです。

 昨年は友人の小島一志さんの長男の大志君が、立教高校から立教大学に進学したのを機に、立教大学にも同好会を作りました。

5.約30年間、大学同好会の運営を見ていて、思うことがあります。  それは、同好会活動が盛り上がるかどうか、同好会の会員が増えるかどうかは、主将を中心とした幹部会員の力量によっているということです。

 法政大学同好会は大西が主将の時、会員が格段に増えました。  東京大学同好会も菊地(現・自治省)や早田(現・経産省)が主将の頃が、会員が最も増えた時です。  今は、早稲田大学同好会の会員数が抜きん出ています。

 逆に残念ながら、一橋大学同好会は今年閉鎖しました。  最近、新規入会がなく、最後の一人も今年卒業してしまったからです。

6.同好会の主将や幹部によく話すことがあります。  それは、同好会の運営は一種のマネジメントですから、卒業して企業等に就職しても、運営上学んだことは必ず生きる、ということです。

 よい週末を。

TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT