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リスクを冒す

菊澤院長が9月2日のfacebookで紹介していた『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』(ターリ・シャーロット著 白揚社)を読みました。  「6 ストレスは判断にどんな影響を与えるか?」から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.弱小チームはなぜ安全策をとるのか?

①対戦相手に怖気づいた選手は、どのような反応を示すだろう?  (中略)

②ブライアン・バークは、2002年から2006年にかけてアメフトの試合を1000例以上も分析してきた。  そこでわかったのは勝ち目のないチームは、プレイにあまり変化をもたせないということだ。  確かに、保守的な戦略を選べば惨敗する可能性は低いかもしれないが、勝つ見込みも少なくなる。

③クリス・ブラウンの言葉を借りれば、弱いチームは「実力で勝つ見込みはほとんどない。  だから彼らに必要なのは・・・・・・相手に衝撃を与えてチャンスを広げることだ。  うまくいかないかもしれないし、こてんぱんにやられてしまうかもしれない。  しかしやってみなければ、勝つ見込みは確実に低いままだ」


2.リスクの冒し方

①1989年6月5日、パリにあるスタッド・ローラン・ギャロスのテニスコートで、17歳のアジア系アメリカ人選手がサーブを打とうとしていた。  彼の名はマイケル・チャン。  この年の全仏オープンに第15シードで出場していた。  コートの反対側に立つのはイワン・レンドル。  最も注目すべきは、レンドルが世界ランク1位だったことだ。

②チャンとレンドルがコートで顔を合わせたのは、これが初めてではなかった。  1年前にアイオワ州のデモインで、レンドルは赤子の手をひねるようにチャンを打ち負かした。

③全仏オープンのコートでレンドルは最初の2セットをいとも簡単に連取したが、チャンは続く2セットを何とか奪い返す。  しかしその踏ん張りが若者の体力を奪っていった。  3時間以上に及ぶ全力プレイが、彼を衰弱させ脱水気味にさせた。

④「第4セットの終盤になると、ここぞというところでいつも足が痙攣してしまい、思い切り走れなくなりました。  だからムーンボール(・・・スピンをかけ、スピードは速くないが、高くバウンドするボール)を多用する一方で、できるだけ少ないラリー数でポイントを取る手段に出たんです」とチャンは言う。

⑤彼の肉体は限界に達していた。  もうやめよう、彼は思った。  「サーブも打てないし、コーナーへのショットを拾うこともできない。  僕はサービスラインへ歩いていきました。  審判に、もうこれ以上できません、棄権します、と知らせるためにです。」  ところが彼は考え直した。

⑥審判のもとへたどり着く直前、気持ちに変化が起こった。  「ハッと気づいたんです。  もしも今ここでやめたら、この先コートの中で苦しい思いをするたび、もっと簡単に諦めるようになってしまうだろうって。  その瞬間から、勝ち負けは大して重要じゃなくなりました。  今日の僕の課題は、最後まで戦い抜くこと。  勝とうが負けようが、試合をまっとうしようと決めました」。  チャンは踵を返し、ゲームの勝敗を決める最終セットの戦いに舞い戻った。

⑦勝敗にかかわらず、チャンが次に下した決断は、彼を非凡な選手に変えた。  15-30とリードを許し、なおも肉体的に苦しみながら、チャンはある型破りな手段に打って出た。  (中略)  チャンが選んだのは意表をつく作戦だった。  「とっさに思いつきました。  そうだ、ここでアンダーサーブ(・・・下から打つサーブ)を打とう。  もしかしたらポイントを捻り出せるかもしれないって」。  速くて強力なサーブの代わりに、彼は子供が打つようなサーブを放った。

⑧これが功を奏した。  アンダーサーブがレンドルの不意を打ち、ポイントは30-30。  そのゲームを取り自信を取り戻したチャンは、ゲームカウント5-3とリードすると、もう一つの奇策に出る。

⑨「マッチポイントは2回ある。  挑戦してみるのもありかもしれない」。  レンドルのサーブに対し、チャンはゆっくりとサービスラインに向かって歩き、その突飛な動きでレンドルの集中力を乱そうとした。  観客席からは嘲笑や野次が聞こえる。  動揺したレンドルはダブルフォルト(・・・サーブを二回とも失敗すること)を犯し、それで試合は終了した。  

⑩その後も勝ち進んだチャンは全仏オープンを制覇した。』

マイケル・チャン選手は2003年に引退しましたが、2013年から錦織圭選手のコーチを務めています。

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