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啐啄同時

『稽古の思想』(西平直著 春秋社)を読みました。  著者は京都大学教育学研究科教授で、専門は教育人間学・死生学・哲学です。  「啐啄同時」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①師匠と弟子の関係を見る。  その極限的な場面を、稽古の思想は、禅に倣って「啐啄同時」と呼ぶ。

②「啐(そつ)」は卵の中の雛が内側から殻をつつく音。  「啄(たく)」はその変化に気づいた親鳥が、出てくる先を示すように、外側から殻をつつく音。  殻を破る者とそれを導く者との絶妙なタイミングである。

③禅でいえば、弟子の中に機が熟して悟りが開けゆく、その機を逃さず、師が教示を与え導くことと説明される。

④親鳥は卵を暖めながら「機」をうかがっている。  いよいよ近くなると、くちばしで外側からコツコツと叩く。  それを聴いた雛は、その音を頼りに、コツコツ返してくる。  それを繰り返す中で上手になってゆき、雛鳥は自分の力でカラを割って出てくる。  親鳥の叩くのが強すぎれば殻を破ってしまう。  逆に、弱すぎれば雛を導くことができない。

⑤放っておくのでもない。  教えすぎるのでもない。  先回りしすぎることのない、抑えの利いた心配り。  ということは、その弟子特有のペースを知っていなければ、そのタイミングがつかめない。  早すぎもせず、遅すぎもしない。  「その時」を逃さず、絶妙の機を逃さない知恵である。

⑥こうした知恵は「わざ(スキル)」ではない。  意識的・計画的に実行できるものではない。  ところが、こうした知恵は、ただ待っていても身に付かない。  やはり工夫する必要がある。  ある種の試行錯誤を重ねる中で、そのタイミングを見る「眼」を育てる。

⑦しかしその眼は、意図的に利用することはできない。  あくまで、その時々の弟子との関係性の中で、生じてくるしかない。』

41年間の指導者生活の中で、私のアドバイスが選手の状態とたまたまマッチして、その選手が急激に強くなった、という経験があります。  同じことを言うのでも、タイミングは重要ですね。

なお、『啐啄同時』については、2008年3月4日のブログでも取り上げています。

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