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継続 ひたすら継続

1.7月7日のブログで『老いと記憶』(増本康平著 中公新書)を取り上げました。  その中で、「熟練者とされるだけの技能の獲得には一万時間の訓練が必要となると言われています。  一万時間は途方もない時間のように思えますが、1日3時間で10年程度です。」という文章がありました。


2.今回のテーマも「10年間の継続」です。  6月30日の日経新聞・日曜特集インタビュー記事「My Story」は北方謙三先生でした。  北方先生が仕事場の机の前で日本刀を持っている一面写真の右下に直筆で、サインとともに「継続 ひたすら継続」と書かれています。  

北方先生には、菊澤院長から20年以上前に紹介されたのですが、昨年の40周年パーティーにもサプライズ・ゲストとして登場していただきました。

「一途な青春 はるかなり」というタイトルの「My Story」から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①大学を受験する。  文学部志望だったが、父親は「男なら天下国家を論じるべし。  さもなければ理工系に行け」とにべもない。  「オヤジに言わせると、小説家は人間のクズ。  まず貧乏で食えない。  弱いくせに酔っ払い、ケンカする」。  父は外国航路の船長だった。  (中略)

②1970年、22歳での純文学作家デビュー。  新潮の編集長に「君は大江健三郎以来の学生作家。  天才だ」と言われ、その気になった。  しかし、新作をいくら持っていっても、ことごとくボツ。  次こそはと期待した作品も三島由紀夫の切腹があり、関連原稿を入れるために押し出された。  「5年もたつと気付きますよ。  天才じゃないな、って」

③結局、10年間に書いた100本のうち、掲載されたのはたった3本。  持ち込み仲間の中上健次さんや立松和平さんらを大きく下回る採用率だった。  肉体労働のバイトで生活をつないだ。

④転機は集英社のある若手編集者との出会いでもたらされた。  文芸誌にぽつぽつと載った作品をまとめて本にしないかというのが用件だった。  ただ、話は思わぬ方向に進む。  「あなたはこんな暗い話を書いている場合じゃない」  エンタテインメント作家への転身の勧めだった。

⑤81年発行の「弔鐘はるかなり」で単行本デビューする。  容疑者を射殺し刑事の職をおわれた主人公が、事件の謎を追うハードポイルドだ。  そこからウソのように注文が舞い込み、2、3年で10冊ほどの書下ろしを出版する。  「月刊北方」の始まりだった。  「中上は文学をやるために生まれてきた男。  では自分の進むべき道はどれか。  それは物語で人の心を揺り動かすことだと思った」。  (中略)

⑥物語はいくらでもあふれてきた。  そして10年間、純文学を書き続けてきたことで、「月に千枚書いても文章は乱れなくなった」。  もがいていた時代に、父がかけてくれた言葉がある。  「10年、同じ場所でじっと我慢していられたら、何かが出てくるもんだ」。  そのときは「『作家はクズ』って言ってたくせに、ふざけんじゃねーやと思ったんですけどね」。』

何ごとも10年間継続すれば、それなりに成果を得ると思います。  そう言えば、大山倍達総裁もよく「石上十年」とサインされていました。


3.昨日は、極真会館の友好団体の全日本空手道連盟の理事、糸川まさあき先生の総決起大会に行ってきました。  本日投票の参議院選挙・比例代表(全国区)に自民党から立候補されています。  当選されることを祈っています。

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