FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

『身体の聲』(光岡英稔著 PHP研究所)を読みました。  第四章「気と健康と死を身体論から考える」から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.昔、人々は、「人間は『気』で生きている」と考えていた。

人間は「気」で生きている。  そのことで生命が成り立っているという考え方が「生気論」「生気説」です。  その古の時代の感性によって導き出された生気論を理解するには困難な時代に、私たちは生きています。


2.古の「気」は日常の生活の中にあった

①なぜなら近代文明の発達以降「気」を物質的に理解しようとする「気の科学化」と、神秘的に気を扱う「気の特殊化」の二極化が生じてしまい、今やどちらか一方か二つの組み合わせでしか「気」を理解できなくなっているからです。

②「気の科学化」と言うのは、あくまで気を物理的に捉え、物質として解明できる対象として扱おうとする手法です。  日本では1980年代に気ブームが起きて、科学で解明しようとし、欧米に至っても科学的なエネルギー理論や量子力学を使って気の説明を試みました。

③もう一つの流れは「気とはオカルトチックな神秘現象だ」という捉え方で、いわば「気の特殊化」です。  こちらは、気とは科学でも解明できないほど神秘的で特殊な現象だというわけです。  多少の武術的な要素と暗示を通じた気のパワーで人が飛ばされるとか物事に変化が起きるといったことが話題になりました。

④しかし、生気論のいう気は科学的説明の範囲にあるものでもなく、また、そのように分かりやすいオカルトチックで超常的な神秘現象のことでもありません。

⑤もっと暮らしの中で揉まれてきた、本来は身近な存在が「気」「生気」なのです。  (中略)  

⑥例をあげると、大正時代に出版された天神真楊流柔術の解説書には、「下腹に気満ちること」や「気と力と志の区別と一致」といったように、取り立てて気について説明されることもなく語彙が使われていました。  (中略)  生活の中に普通にあるものなので、それ以上説明する必要がなかったのかもしれません。


3.頭脳労働が多い現代人は普段から気血が頭に上がり逆行している

①おそらく今の現代人のほとんどが、昔の人から見ると「気逆」状態で生活を送っています。  頭をよく使い、頭に気を上げて、意識して何かを行うことを常の習慣とするあまり、現代社会では気が頭に上がりっぱなしで生活を送る人も少なくありません。  (中略)

②中(国)医学では「気が血を導き、血は気に従う」としており、病気の元になる条件として「気滞・気虚・気逆」などをあげています。

③その観点からすると、現代人の多くが特に腰から下の足の方まで気が回らず気虚になっています。

④また、気滞が頭、首、肩に生じやすくその箇所が存在しすぎ、臂(ひじ)や腰、膝などは気虚となり存在が虚ろになる反動から、その箇所が存在意義を訴えてきて、痛みや違和感などを提示してきます。』

私は基本的に、「病院に行かない」「薬やサプリメントは飲まない」という主義です。  健康管理については、ただ「気・血の流れを整えること」のみ心掛けています。

今日も、朝は日課の立禅で「気の養成・鍛錬」を行い、午後は掌道の菊澤院長に鍼で「気・血流の調整」を行ってもらいます。

TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT