FC2ブログ

2020年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2020年10月

明察力

渡部昇一先生のご子息・渡部玄一さんが書かれた『明朗であれ 父、渡部昇一が遺した教え』(海竜社)を読みました。

「第六章 家族」の中に、前回紹介した『レトリックの時代』(渡部昇一著 講談社学術文庫)の「まえがき」からの引用があります。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①自分の「意見」を述べるに当たっては、必ずその主張の要旨を、郷里の方言になおして口の中で言ってみる。  そして亡き母が生きていたとしたら、それに納得してくれるかどうかを深夜自分に問うてみるのだ。  母は形式的な学校教育という点ではゼロに等しかったが、きわめて明らかな知をもった人で、物の核心をまっすぐにみることができた。

②戦争前、高度国防国家の話を聞いたあとでは、「これ以上軍人の威張る世の中にするのだろうか」とつぶやき、戦後高名な経済学者の言うことを聞いては「この人は本当にロシアに住みたいと思っているのだろうか」とつぶやき、極端な社会主義の解説を聞いては、「もう一度配給制度にするつもりだろうか」とつぶやいた。

③これらは自分の無学を自覚している田舎の老婦人の声にならない、憂いのこもったつぶやきであった。  私はその側にいたから、そうした低いつぶやきを聞くことができた。

④私がドイツ留学中に母は亡くなったが、母の生きている間、学校教育は比較にならないほど多く受けている自分のほうが、明察の点ではついに母を超えることができなかった、という記憶をもつ。

⑤そして母のような人を説得できない理屈や意見は述べるまいと心に誓っている。』

「明察」とは「その場の事態・事情などを明確に見抜くこと」です。

私の周りにも「明察力が高い人」がいます。  いわゆる「地頭(じあたま)が良い人」です。

TOP↑

2020年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2020年10月