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2013.06.29 Sat
世界最古の国家
6月25日に配信された公認会計士・藤間秋男先生のメルマガに『世界最古の国家』という文章が取り上げられていたので抜粋し、番号を付けて紹介します。
『①学校教育で建国の歴史を教えない国は、世界中で、日本だけではなかろうか。 わが国は現存する世界最古の国家である。 日本人なら素直に喜び、誇りに思えるこの重大な事実を、なぜ日本人は知らないのか。
②世界には190を超える国が現存するが、そのなかで世界最古の国家が日本であることはあまり知られていない。 このことは、戦前までは誰もが共有していたことだが、戦後は国民の記憶のなかから抹消されてしまった。
③老舗(しにせ)が「創業何年」と銘打つように、古い時代から継続してきたことは、大きな誇りである。 長い歴史のなかで、価値のないものは淘汰(とうた)され、失われてきたが、ほんとうに価値のあるものだけが守られ、今に継承されてきた。 伝統には、必ず相当の意味や価値があるものなのである。
④世界の歴史は王朝交代の歴史だった。 世界史の年表を眺めれば、国家は数10年や100年程度で成立と滅亡を繰り返してきたことがよく分かる。 人類史上、400年以上国を守ったのは、数えるほどしか例がない。
⑤ところが、そのなかで日本だけが、古代から続く王朝を守り、今も存在しているのである。 そして、わが国の建国よりも前にあった王朝は、いずれも滅び、今は存在しない。
⑥では、日本の建国はいつなのか。 正式な歴史書である正史『日本書紀』によれば、初代神武天皇の橿原宮(かしはらのみや・奈良県橿原市)での即位がわが国の建国で、これは紀元前660年、すなわち今から約2700年前に相当する。
⑦もっとも、これには考古学者からは神話的要素が強いと根強い批判がある。 そこで、考古学の立場から考察し、最も短く見積もっても、わが国の建国はおよそ2000年もしくは、それ以上前と表現して大きく外れることはない。
⑧日本の国の歴史の長さは、他国と比較すると理解しやすい。 現存する国家のなかで日本に次ぎ、2番目に長い歴史を持つのがデンマークであるが、その歴史は千数十年と、日本の半分程度に過ぎない。
⑨次いで3番目が英国で、九百数十年前のことである。 国連の常任理事国は英国を除いていずれも歴史が浅い。
⑩アメリカが独立戦争を経て英国から独立したのが1776年、フランスはフランス革命が始まった1789年、中国は毛沢東が天安門広場で成立を宣言した1949年、ロシアはソヴィエト連邦が崩壊して独立を宣言した1991年が建国の年である。
⑪日本国が2000年以上の間、王朝を守ってきたことは、人類史上奇跡といっても過言ではない。
『世界最古の国家』(メール「人の心に灯をともす」より)
竹田恒泰氏の心に響く言葉より・・・』
今年で極真会館が49年(来年は50周年)、全日本大会が45回 、城西支部が35年です。
私はというと・・・内緒にしときましょう(笑)
明日6月30日は審査会です。 今年も前半が終了ですって。 早過ぎ~(笑)
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2013.06.22 Sat
信玄の勝負哲学
6月8日のブログで『徳川家康の勝率』を取り上げましたが、今回は『武田信玄の勝負哲学』です。
日経新聞夕刊に火坂雅志さんの『天下 家康伝』が連載されています。 6月17日連載分から抜粋し、番号を付けて紹介します。
『①信玄にはひとつの哲学がある。・・・勝負の事、十分(じゅうぶ)を六分七分の勝ちは十分(じゅうぶん)の勝ちなり。 子細(しさい)は八分の勝ちはあやうし。 九分十分の勝ちは、味方大負けの下地なり。・・・「甲陽軍鑑(こうようぐんかん)」にある信玄の言葉である。
②勝負というものは、六、七割程度の勝ちで十分である。 それが八割の勝利となると危険であり、九割、あるいは十割の大勝利を挙げてしまうと、味方の大敗の下作りにしかならないという意味である。
③大勝利が大敗の下地になるというのは、一見、奇妙な話しのように思われる。 完膚なきまでに敵を叩き潰しておくのはけっして悪いことではあるまい。
④しかし、人は勝利に溺れやすいものである。 大勝して敵をさんざんに蹴散らせば、その者の心には驕(おご)りが生じる。
⑤勝利の美酒に酔い、緊張感を失って、研鑽(けんさん・・・学問などを深く研究すること)を積んでより上をめざそうという意欲が削(そ)がれる。 過去の成功にとらわれるあまり、刻々と移り変わる現実に対する分析がおろそかになり、思考の硬直化がはじまるのだ。
⑥信玄は、驕りが招く過信の恐ろしさを誰よりもよく知る武将であった。』
東京は久しぶりの青空で、今夜は国際親善大会・世界ウェイト制大会・全日本ウェイト制大会の祝勝会です。
明日から中国・山東省の煙台に行きます。 山東省の「カンぺイ(乾杯)! カンペイ(乾杯)!」はハードなので、今回も覚悟して行かないと(笑)
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2013.06.16 Sun
椅子と日本人
『アゴを引けば身体が変わる』(伊東和磨著 光文社新書)を読みました。 『講義7 椅子と日本人』から抜粋し、番号を付けて紹介します。
『①皆さんは、どのような座り方が正しいとお考えだろうか。 おそらく、背筋がピンと伸びて、股関節と膝関節が90度になっている姿を想像されたのではないかと思う。
②膝と股関節が直角になった着座姿勢を長時間維持するのは容易なことではない。 人間の骨盤を横から見ると逆三角形の形をしていて、坐骨の先端がやや尖っている。 そのため、平坦な座面に座ると大体の裏の筋肉に引っ張られ、自ずと骨盤が後傾してしまうからである。
③これまで企業や学校に出向き、ビジネスマンや学生が座っている姿勢を観察してきたが、足裏全体が地面についている人はほとんどいなかった。 足の裏が地面についていないと、上半身の重さが全て腰に集中してしまう。
④机を先に決めてから椅子を購入する人が多いのだが、これは順番が逆である。 自分の脚の長さに合った椅子を購入してから、その椅子に合う机を選ぶべきなのだ。
⑤リラクゼーションを求めるのであれば、座面に奥行きがあって背もたれが包み込んでくれるような椅子がよいが、仕事や勉強で使う椅子は、座面の奥行きが浅く、自然に開脚して骨盤が立ちやすいものが向いているだろう。
⑥身体に最も負担の少ない理想的な座位姿勢は、乗馬の姿勢である。 馬の鞍に座ると、自然と開脚し、骨盤が前傾する。 このとき腰への負担が最小限となる着座姿勢になるのだ。 しかも、股関節の開きが40度になり、足がしっかりと鐙(あぶみ)に支えられているので、上体を真っすぐに保ちやすくなる。
⑦足裏が地面につかない椅子しかない場合、私は足元に足台を設置して座るようにアドバイスしている。 足台の高さは、椅子に座ったときにひざが股関節よりも少し高くなる程度に調節する。 左右二つの足台は、脚を40度くらい開いたところに置くと、骨盤を前傾姿勢に保ちやすくなる。
⑧毛布やバスタオルを丸めて背もたれと座面の角に置き、座面の先端の方に座ると、自然と骨盤が前傾するのでお勧めである。
⑨座るときにスタンスを広めにとり、骨盤を前傾させて尻を座面と背もたれの角に差し込むことである。 背もたれと座面の角に尻を差し込めば、上体を起こしたときに仙骨が背もたれに密着して、腰を丸めようにも丸めなくなるのだ。 このように座らない限り、猫背を予防するのは難しい。
⑩もう一つ、両手を腿の上か机の上に置いて突っ張り棒の代わりにしておくと、状態が前に倒れ込むのを抑制することができる。 先人たちが行儀よく腿に手を置いていたのは、そうすることで、無意識に姿勢が崩れるのを防ぐためだったのかもしれない。
⑪姿勢が崩れてきたら、再び尻を座面と背もたれの角に差し込むようにして姿勢を正すようにしよう。 大事なことは、姿勢を固定することなく、小まめに変化させることである』
インドにはやはり野良牛がいました。 現地の人は「コミュニティーで飼っている」という言い方をしていましたが。 でも、南インドのコインバトールで見た野良馬と野良ゾウは何だったんだろ~(笑)
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2013.06.08 Sat
家康の勝率
1.前回のブログで「いい負けっぷり」について書きました。 6月3日に配信された公認会計士・藤間秋男先生のブログに『家康の勝率』という文章が取り上げられていたので抜粋し、番号を付けて紹介します。
『①徳川家康の生涯にわたる戦の勝ち負けは、73戦56敗だそうです。 驚くべき勝率の低さです。 だから、「昔権現さん、負けるが勝ちよ」と負け惜しみのようなザレ唄が流行りました。
②しかし、負け続けても、最後には勝ち、その後、徳川300年の安定の基礎を築いたのです。 大事なことは、たとえば目先の勝負に負けても、けっしてあきらめないことだと思います。
③負けを教訓として、「何が悪かったのか」と原因を突き止め、次の勝負に生かすこと。 最後に勝つための戦略を練ることができれば、運とツキは勝手に、向こうからすり寄ってくる、そう思っています。
④勝負に終わりはありません。 継続していくものです。 だからこそ勝っても負けても「楽しむ」心の余裕と精神力が必要です。』
2.なぜか(別の文章からの引用?)この後文章が「である」調に変わるのですが、その部分も番号を付けて紹介します。
『①徳川家康は、こう語っている。 『勝つことばかり知りて、負くることを知らざれば、害その身に至る』(東照宮遺訓)
②負けを知らない人は、傲慢になる。 それは、ある種のエリートだったり、若くして成功した人たちに多い。
③人間の運不運は、負けた時の対応でわかる。 失敗したり負けたとき、人のせいにしたり、愚痴や泣き言をいったり、怒鳴り散らしたりするようでは、到底運は巡ってこない。
④反対に、負けをゲームのように楽しんだり、ニッコリと笑顔で受け止め、不運に感謝までするような人には、やがて運やツキがやってくる。
⑤多くの成功者は、成功より負けの数の方が圧倒的に多い。 それだけ多くチャレンジしているからだ。
⑥「家康の勝率は、73戦56敗」 たとえ負け続けたとしても、人生は最後に勝てばいい。』
明日から初インドです。 野良牛がいるって本当?(笑)
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2013.06.03 Mon
(81)第30回ウェイト制大会
昨日・一昨日と大阪で第30回ウェイト制大会及び女子・高校生の全日本大会がありました。 城西から出場した選手の結果と今感じていることを書いてみます。
①後藤つかさ(女子重量級・初戦で竹田明子選手に敗れる)・・・試合経験の差が出ました。 全日本のような大きな試合に出る意義は自分自身の実力(日本中の同じカテゴリーに属する選手の中での自分の立ち位置)を客観的に評価できることです。 今回学んだことを今後の稽古に生かしてもらいたいと思います。
②亘和孝(高校生16・17歳男子65㎏以下級・準優勝)・・・昨年がベスト8ですからステップアップしたことにはなります。 ただし優勝できる可能性がかなり高かっただけに少し残念です。 突きは以前からうまいのですが、そこに蹴りをどう織り交ぜていくかが今後の課題です。 また会場でも話をしましたが、前に圧力をかけてくる選手に対する対策も普段から考えておかなければなりません。 一学年上の恋之介が一般で準優勝ですから、来年は自分も同じポジションに立てるよう精進・工夫する必要があります。
③森大夢(中量級・2試合目で久保英和選手に敗れる)・・・茶帯のウェイト制初出場としてはよく戦いました。 今後は技術・パワー・スタミナすべての面での向上が望まれます。 技術面の課題をひとつだけ挙げるなら接近戦での突きの打ち合い、いわゆる「ガチンコのどつき合い」です。 これを避けていては極真の試合では勝てません。
④鈴木潤(中量級・2試合目で杉山徳選手に敗れる)・・・若干パワー負けしたように見受けられました。 また自分に合った組み手スタイルをもっと工夫する必要があります。 社会人として時間的制約がある中で稽古するわけですから、技の組み立て、トレーニングのやり方等々に関してさらに創意工夫することによって効率の良い稽古をしていかなければなりません。
⑤ルモワンヌ・ファビアン(軽重量級・2試合目で柏原宝選手に敗れる)・・・試合経験が豊富なベテラン選手と戦うにはその完成された組み手を突き崩す何かが必要です。 ファブの特徴である上半身の筋肉の強さをどう組み手の中に生かしていくかを考えなければなりません。 また若干スタミナトレーニング不足のように感じました。
⑥加賀健弘(中量級・準々決勝で優勝した中村昌永選手に敗れベスト8)・・・すばらしい素質を持っていることは間違いありません。 でも逆から見ると今はまだ素質だけで戦っているとも言えます。 今後全日本のトップを狙っていくには技術・パワー・スタミナのすべての面での向上が必要ですし、まだまだ相当な伸びしろがあると思います。
⑦竹岡拓哉(中量級・準優勝)・・・優勝した中村選手に技術負けした印象です。 今までは勢いで戦ってきましたが、今後はそこに巧さをプラスしなければなりません。 直前のインタビューで「自分は得意技がないことが特徴です」と語っていましたが、今後は技術・戦術ともに緻密にし「すべての技が得意技です」と言えるまでそれぞれの精度を上げる必要があります。
⑧石崎恋之介(軽重量級・準優勝)・・・決勝戦は長身の上田幹雄選手の上段ひざ蹴りで一本負けしましたが大会全般を通してよく戦ったと思います。 試合後悔し涙を流していましたが「いい負けっぷり」が次の勝利のためには必要です。 「いい負けっぷり」というのは「負けたからと言って落ち込まず、胸を張って堂々とし、主役である勝者に心からの拍手を送る。 そして負けた悔しさはこれからの稽古に対するありがたい精神的ガソリン(モチベーション)になるわけですから胸の奥に大事にしまい込んでおく。」ということです。 今後は上田選手に雪辱を果たすことだけを考えて創意工夫した稽古を積んでもらいたいと思います。
ウェイト制は大阪ですから試合が終わると新幹線で帰ってきます。 昨年のように2階級制覇すればまさに「意気揚々」の車中です。 惨敗すれば「意気消沈」の車中です。 昨日は準優勝が3つで「大喜びでもガッカリでもない不思議な」車中でした。 でもそんな車中をもう30回(ウェイト制が始まる前年の西日本大会まで入れると31回)も繰り返しています(笑)
選手の皆さんお疲れさまでした。 そしてワクワク・ドキドキをありがとう。
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