FC2ブログ

| PAGE-SELECT | NEXT

マングースと花粉症

1.3月5日の朝日新聞夕刊・連載「e潮流」のタイトルは『マングース、勘違いの末に・・・』で、元朝日新聞編集委員の竹内敬二さんが書かれていました。  番号を付けて紹介します。

『①奄美大島(鹿児島県)で行われてきた環境省によるマングース駆除事業で、昨年4月の1匹を最後に捕獲が途絶えた。  2016年度は28匹、17年度は10匹と捕獲頭数は減り続けてきた。  環境省は「根絶が近い」と意気込んでいる。

②イタチに似た姿をしているマングースは1910年に、インドから沖縄へ17匹が導入されたとされる。  「毒蛇ハブを食べる天敵」と期待された。  インドで「コブラ対マングース」の対決ショーがあり、「ハブ退治にちょうどいい」と考えたらしい。  79年には、沖縄の30匹が奄美大島に放たれた。

③導入は大失敗だった。  ハブは夜行性なのに対し、マングースは昼行性だ。  「野生の状態では、そもそも、ほとんど出会わなかったのではないか。  それに、出会っても闘う理由がない」というのが、今の一般的な考え方だ。  冗談のような勘違いである。

④しかし、見せ物では激しく闘う。  「それは対決前にマングースにエサをやらないからです。  マングースは空腹で必死になる」と奄美観光ハブセンターの本山栄隆さんが教えてくれた。

⑤対決では、マングースがハブの首にかみついて勝つことが多いが、時にはハブにやられることもある。  沖縄や奄美に放たれたマングースは、当然ながらハブよりも弱い昆虫やネズミ、鳥、果実を食べた。  希少種のヤンバルクイナやアマミノクロウサギ、アマミイシカワガエルなども犠牲になった。

⑥奄美大島のマングースは2000年に1万匹になったと推定される。  島中に広がった動物を捕まえるのは極めて難しい。  そもそも、導入前に、昼行性と夜行性の違いは分からなかったのだろうか。  マングースは19世紀後半から、ハワイや西インド諸島でネズミ駆除のために放たれたが、生態系への害の方が問題になっていた。  こうした情報は届かなかったのだろうか。

⑦生態系全体で考える時代ではなかったのかもしれないが、結局、微妙な生態系に人間が安易に手を出してもうまく制御できないということだ。

⑧ハブとマングースは闘う関係ではなかった。  もう映像以外で対決ショーを見ることもないだろう。  「あの二人はハブとマングースだ」といった言葉だけが残るのだろうか。』

今さら「ハブとマングースは闘う関係ではなかった。」って言われても・・・(笑)

「1910年・インドから沖縄へ17匹、79年・沖縄から奄美大島に30匹」ということは、沖縄への導入から69年経った1979年時点でも「ハブとマングースは闘う」と考えられていたことになります。


2.私のスギ花粉症も今年で21年目です。  スギ花粉症についてウィキペディアで検索・抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①日本で1960年頃からスギ花粉症が急増した原因としては、農林水産省が推奨してきた大規模スギ植林が主に挙げられている。

②戦後復興や都市開発などで日本では第二次世界大戦以後木材の需要が急速に高まったが、一方で国内木材の供給量は不足気味で、林業の拡大と造林は 当時の日本において急務であった。

③このため農林水産省は戦後に拡大造林政策を行い、その一環として各地にスギやヒノキなどの成長率が高く建材としての価値が高い樹木の植林や代替植樹を大規模に行ったが、その一方でスギ花粉の飛散量も爆発的に増加することになり、大量のスギ花粉を曝露した日本人がスギの花粉症を発症することにもつながった。

④また高度経済成長を経て日本では林業が衰退し、木材も外国からの質が良くて安い輸入品に押されて国内スギの需要が低迷するようになったため、大量に植えたスギの伐採や間伐なども停滞傾向となり、花粉症原因物質であるスギの個体数が増加していることも花粉症患者の増加傾向の要因となっている。

⑤「花粉症の父」と称される齋藤洋三が1963年前後から目や鼻にアレルギー症状を示す患者が増加したことから、1964年に「栃木県日光地方におけるスギ花粉症 Japanese Cedar Pollinosis の発見」という論文を発表。  これが公式なスギ花粉症の発表とされている。』


3.スギ植林を時系列でみると、次のようになります。

①1950年に制定された「造林臨時措置法」を契機に、一気に植林が進められた。

②1961年に大規模な造林、俗にいう戦後の「拡大造林」を行った。

③1964年、「スギ花粉症」が発表された。

①~③まで14年ですから、1.のマングースのケースよりは短期間です。

それにしても、目がかゆいな~(笑)



TOP↑

マラプロピズム

マラプロピズム(malapropism)という言葉があります。  英和辞典には「言葉のこっけいな誤用」と出ています。  日経新聞夕刊の連載「あすへの話題」で、翻訳家の松岡和子さんが1月29日と2月5日の2週にわたり、マラプロピズムについて書かれていました。
それを読んで以来、会話の中の言い間違いに注意が向くようになりました。  先日も川島智太郎との会話の中で、「(銀座の)コリドール街」とか「(南米の)イグナスの滝」と言うので、「それはコリドー街だろ」や「イグアスだから」と、ついツッコミを入れてしまいました(笑)
松岡さんの連載から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①うららかな小春日和。  記憶に残る窓外の空は、一片の雲もない蒼穹(そうきゅう)だった。  乗っていたのは埼京線。  広い河川敷を見下ろすように立つ新築マンションが目に入った。  上階の壁面にかかる白地の横断幕には大きな文字で黒々と「場当たり生活!」。  「え!? なに、意表を突くにも程がある」とびっくり。

②いま一度目を凝らすと「陽当たり生活!」。  「そりゃそうよね」とひとりで苦笑した。  自分の潜在意識のいったい何が「陽当たり」を「場当たり」と読ませたのか。  (中略)

③シェイクスピアには『ロミオとジュリエット』の乳母をはじめ、これの名人が大勢出てくる。  面白いのは、彼らも自分と同列の相手としゃべっているときは言い間違いをしないこと。  自分より身分や教養が上の者と話をする段になると、緊張したり、いいところを見せようと身の丈に合わない言葉遣いをする。  これがマラプロピズムを生む心理的背景だと思われる。  (中略)

④マラプロピズム(おかしな言い間違い)成立には条件がある。  まず、それを聞いた観客に、間違いのない「正しい」言い廻(まわ)しを即座に思い浮かばせなくてはならない。  次に、言い間違いが「正しい」言葉の反対語になったり、文脈上見当はずれになったりする「おかしさ」が生まれねばならない。

⑤ある人のふとしたひと言がそのためのノウハウを教えてくれた。  彼は自著について熱く語っていた。  前後の流れは忘れたが、思いの熱さに口が追いつかなかったのか、「へびこつらう」と言ったのだ。  むろん「媚(こ)びへつらう」の言い間違い。  それを聞いた途端、蛇の骨がくにゃくにゃと何かにすり寄っている様が見えた。  「これだっ!」、正しい言い回し1文字を入れ替えればいいのだ。

⑥以来、私は、日本語マラプロピズムをメモるようになった。  「悲喜もごもご」とか「ばっくざらん」とか。

⑦慶應大学の井出新教授のゼミに呼ばれてシェイクスピア劇の翻訳について話したとき、このノウハウにも触れた。  質疑の時間に1人の学生さんが、「僕にもそういうのあるんですけど、ネタ帳に加えてください」 「あら、教えて」 「てもちぶたさん」。  素晴らしい!  手持ち無沙汰でぼんやりしていて、ふと手を見ると小さなブタさんを持っていた! という「絵」が浮かぶではないか。』

以前、阿曽師範代が地主さんと打ち合わせをしているとき、同席したある社長が「くさくのにく」と言ったそうです。  「苦肉の策」の言い間違いです。  

「苦作の肉」って(笑)

TOP↑

ゴリラのリーダーシップ

哲学者の鷲田清一・京都市立芸術大学学長とゴリラ研究の世界的権威の山極寿一・京都大学総長の対談集『都市と野生の思考』(インターナショナル新書)を読みました。  

1.「松下幸之助のリーダーシップはゴリラそのもの」の項から抜粋して紹介します。

『鷲田・・・松下幸之助さん(パナソニック創業者)はリーダーの条件を三つ挙げたそうです。  まずは愛嬌、これはゴリラにも通じますね。  二つ目は運が強そうなこと、実際に運が強いかどうかはともかく強そうに見えることが大切だと。  これもゴリラと同じでしょう。  三つめが後ろ姿だというのです。

山極・・・なんと!  ゴリラそのものじゃないですか。  まず愛嬌は、ゴリラでいえば抑制力です。  オスのゴリラは体重が200キロを軽く超える。  そんな巨体でも、子どものゴリラや他の動物と無邪気に遊べます。  体は大きいけれど、その力を抑制できるので、みんな安心して寄ってくるのです。  子どもがめちゃめちゃ叩いたりしても、ドーンと構えている。

鷲田・・・怒ったりしない?

山極・・・もちろんです。  だから、みんなを惹きつけることができる。  本当は強いんだけれど、それを抑えていることができる。  これが愛嬌なんですよ。  運が強そうに見えるとは、リーダーのそばにいると大丈夫だということ。  これがディスプレイなんですよ。

鷲田・・・あの胸をどんどん叩く、ドラミングという行為ですか。

山極・・・ゴリラのオスがドラミングしてまわりを威圧すると、彼のそばにいれば安全だという目印になる。  これもゴリラのリーダーの要件です。  背中で語るなんてまさにゴリラの常とう手段ですよ。  リーダーは群れの先頭を歩いていき、絶対に振り返らない。

鷲田・・・まさか、松下幸之助さんが、ゴリラと同じ悟り方をしていたとは(笑)。

山極・・・松下さんが、自分の人生を突き詰めてたどり着いた悟りがゴリラと同じだったとは実に感慨深い。  人間の世界でも本当のリーダーは、人がまわりで騒いでいても聞いていないふりをしているでしょう。  これからの時代、俺についてこい式のリーダーだったら困るのですよ。  リーダーというと、どうしても戦いの場というか競争する場におけるリーダーと捉えがちです。  けれども、これからのリーダーに求められるのは、人の話をじっくり聞けて、相手の立場で考えられること。』

2.「負けない論理」の項からも抜粋して紹介します。

『鷲田・・・山極さんからゴリラの話を聞いて、いいなあと思うのが、勝者敗者がいないということです。

山極・・・彼らには「負ける」という意識がないのです。  一方、ニホンザルは勝敗を決めて、弱いほうが引き下がる。  勝ったほうがすべてを独占する。  これは勝つ論理です。  でも、ゴリラは勝敗を決めない。  つまり、勝ちをつくらない。  みんなでこぞって負けそうなやつを助ける。  これは負けない論理なんですね。

鷲田・・・負けない論理と勝つ論理はまったく違うということですね。  勝つ論理とは、相手を屈服させて、押しのけて、自分から遠ざけることによって権威の空間をつくる。  そうすると人は必然的に離れていく。

山極・・・勝つ論理はもう必要ないと思います。  求められるのは負けない理論であり、そのゴールは相手と同じ目線に立つことです。  だから、決っして相手を遠ざけたりしない。

鷲田・・・むしろ相手を惹きつけるのが負けない論理か、いい言葉ですね。』

京都大学総長に就任したとき、座右の銘はと聞かれて、山極さんは「ゴリラのように泰然自若」と答えたそうです。

TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT