2022.08.01 Mon
リーダー論
名古屋外国語大学・亀山郁夫学長の『私のリーダー論』というテーマのインタビュー記事が、日経新聞・夕刊に2回(6月16日・23日)にわたり掲載されていました。 抜粋し、番号を付けて紹介します。
『1.6月16日の記事
①――リーダーに必要な条件とは何だとお考えですか。
「創造的思考。 自分の力におごることのない謙虚さ。 厳しさと寛容さのバランス。 この3つです。 人とは異なるプラスアルファの思考ができないと人はついてこないので、創造的思考は重要です。 謙虚さは言葉に力を与えます。 ただ寛容の精神が強すぎると裁断はできません」
②――ご自身をリーダーの資質に欠けると表現されていますね。
「文学者であることがその理由です。 リーダーが決断して組織を導いていく存在である一方、文学者は基本的に迷う存在だからです。 文学は人間精神の根本を見つめます。 人間精神の根本は混沌としていて美しくもあれば醜くもある。 二元論的な価値観の中ですぱっと判断し、割り切って行動できることがリーダーの条件である以上、常に迷いを抱えて自分自身がどういう存在かもわからないような文学者は人を率いるのに向いていません」
③――しかし実際には15年にわたって、学長を務められています。
「学長としてのビジョンと夢があるからです。 私は教師の家庭に育ったせいか、教育・教養への憧れがあります。 貧しかったがピアノを習ったり、世界文学全集を読んだりできた。 非常に恵まれた文化的な環境があって、とりわけ西洋の文化に対する憧れを幼いときから持っていた。 そこから得た喜びが大きかったのです。 それを体験できる学生を育てたい。 私が人生で経験した喜び、文学や芸術を体験してほしい。 それがビジョンです」
「中学3年生のときにドストエフスキーの『罪と罰』を手に取らなければ、今の私はない。 幼いときは出会いの可能性の宝庫です。 特に二十歳くらいまでは何を手に取るかによって人生は変わる。 教育という場を通せば、教養への入り口を与えることが可能になります」
④――学長職の傍ら、文学者として研究や翻訳・執筆の仕事を多くされています。
「大学の教職員から学問的な側面で一定のリスペクトや、それに伴う自信が得られなければ自身のアイデンティティーが喪失し、迷走しかねません。 学問が精神を安定させることにもつながります。 両立は決して困難ではありません。 私は過去20年近く、分割睡眠の方式を取っています。 夜7時に帰宅し、食事をするとまもなく眠り、夜10時ごろに起き出して午前3時まで仕事をします。 朝は8時半に起きます。 帰宅後にいちど寝ることで文学の頭にぱっと切り替わるのです」
⑤――ロシアのウクライナ侵攻について、ロシア文学者としてどう感じていますか。
「2014年にウクライナ東部で起きたマレーシア航空機撃墜事件のニュースを聞いたときに『ロシア文学者をやめたい』と思いました。 親ロ派勢力によって引き起こされた誤射、撃墜であることは疑うべくもありません。 ロシア側の欺瞞(ぎまん)を感じ、嘘にこれ以上加担したくないと思ったのです。 ロシア文学、特にドストエフスキーが私に教えてくれた究極の精神は正直であれ、ということです」
「現在の国際情勢において文学者がすべきことは、徹底して弱者の立場に身を置き生命の尊さについて語り続けることです。 ウクライナ侵攻とそれに付随する暴力性を明らかにし、勇気を持って発信することが大切だと思います」
2.6月23日の記事
①――経営者や組織のリーダーに求められる資質は。
「経営能力や判断力が優れているだけではなく、人を精神的に深くうなずかせることができるかどうか。 この人の意見を聞こうと思わせるのは教養です。 どれだけ本を読んでいるか。 それは文学に限りません。 その時代に流行した知的なメインストリームをしっかり追いかける。 ここだけはプロとしゃべっても負けないという得意分野をつくる。 宇宙や科学の未来でも芸術でもいい。 それがないと自信を持って発信できません」
②――ロシアの歴史上の人物で、模範となるリーダーはいますか。
「ゴルバチョフ元ソ連大統領です。 彼には国民の良識を信じるオプチミズムがあった。 ゴルバチョフはソ連を崩壊させましたが、本当はその役割は他の人に任せて、その後の国づくりのところで登場すべきだった。 彼はヨーロッパの家という思想を持っていて、ヨーロッパの中にあるべきロシアを位置づけしようとしていた。 そうすれば歴史はいまと違っていたかもしれません」
③――改革にあたってのリーダーに必要な心構えは。
「大事なのは打たれ強さ、レジリエンス(回復力)です。 変えられないものを受け入れるとともに、感謝の気持ちが必要になります。 感謝の気持ちを生み出すのは、自分という人間の小ささの自覚です。 その自覚をもたらすのは何かしら大きなものの存在です。 私にとってそれは若い頃に出合った芸術の力でした。 人はそれぞれの関心の領域で、大きな力に出合うことができるのです。 その大きな力に触れようと努力することは人生に与えられた永遠の課題です」』
毎日暑い日が続きます。 ご自愛ください。
『1.6月16日の記事
①――リーダーに必要な条件とは何だとお考えですか。
「創造的思考。 自分の力におごることのない謙虚さ。 厳しさと寛容さのバランス。 この3つです。 人とは異なるプラスアルファの思考ができないと人はついてこないので、創造的思考は重要です。 謙虚さは言葉に力を与えます。 ただ寛容の精神が強すぎると裁断はできません」
②――ご自身をリーダーの資質に欠けると表現されていますね。
「文学者であることがその理由です。 リーダーが決断して組織を導いていく存在である一方、文学者は基本的に迷う存在だからです。 文学は人間精神の根本を見つめます。 人間精神の根本は混沌としていて美しくもあれば醜くもある。 二元論的な価値観の中ですぱっと判断し、割り切って行動できることがリーダーの条件である以上、常に迷いを抱えて自分自身がどういう存在かもわからないような文学者は人を率いるのに向いていません」
③――しかし実際には15年にわたって、学長を務められています。
「学長としてのビジョンと夢があるからです。 私は教師の家庭に育ったせいか、教育・教養への憧れがあります。 貧しかったがピアノを習ったり、世界文学全集を読んだりできた。 非常に恵まれた文化的な環境があって、とりわけ西洋の文化に対する憧れを幼いときから持っていた。 そこから得た喜びが大きかったのです。 それを体験できる学生を育てたい。 私が人生で経験した喜び、文学や芸術を体験してほしい。 それがビジョンです」
「中学3年生のときにドストエフスキーの『罪と罰』を手に取らなければ、今の私はない。 幼いときは出会いの可能性の宝庫です。 特に二十歳くらいまでは何を手に取るかによって人生は変わる。 教育という場を通せば、教養への入り口を与えることが可能になります」
④――学長職の傍ら、文学者として研究や翻訳・執筆の仕事を多くされています。
「大学の教職員から学問的な側面で一定のリスペクトや、それに伴う自信が得られなければ自身のアイデンティティーが喪失し、迷走しかねません。 学問が精神を安定させることにもつながります。 両立は決して困難ではありません。 私は過去20年近く、分割睡眠の方式を取っています。 夜7時に帰宅し、食事をするとまもなく眠り、夜10時ごろに起き出して午前3時まで仕事をします。 朝は8時半に起きます。 帰宅後にいちど寝ることで文学の頭にぱっと切り替わるのです」
⑤――ロシアのウクライナ侵攻について、ロシア文学者としてどう感じていますか。
「2014年にウクライナ東部で起きたマレーシア航空機撃墜事件のニュースを聞いたときに『ロシア文学者をやめたい』と思いました。 親ロ派勢力によって引き起こされた誤射、撃墜であることは疑うべくもありません。 ロシア側の欺瞞(ぎまん)を感じ、嘘にこれ以上加担したくないと思ったのです。 ロシア文学、特にドストエフスキーが私に教えてくれた究極の精神は正直であれ、ということです」
「現在の国際情勢において文学者がすべきことは、徹底して弱者の立場に身を置き生命の尊さについて語り続けることです。 ウクライナ侵攻とそれに付随する暴力性を明らかにし、勇気を持って発信することが大切だと思います」
2.6月23日の記事
①――経営者や組織のリーダーに求められる資質は。
「経営能力や判断力が優れているだけではなく、人を精神的に深くうなずかせることができるかどうか。 この人の意見を聞こうと思わせるのは教養です。 どれだけ本を読んでいるか。 それは文学に限りません。 その時代に流行した知的なメインストリームをしっかり追いかける。 ここだけはプロとしゃべっても負けないという得意分野をつくる。 宇宙や科学の未来でも芸術でもいい。 それがないと自信を持って発信できません」
②――ロシアの歴史上の人物で、模範となるリーダーはいますか。
「ゴルバチョフ元ソ連大統領です。 彼には国民の良識を信じるオプチミズムがあった。 ゴルバチョフはソ連を崩壊させましたが、本当はその役割は他の人に任せて、その後の国づくりのところで登場すべきだった。 彼はヨーロッパの家という思想を持っていて、ヨーロッパの中にあるべきロシアを位置づけしようとしていた。 そうすれば歴史はいまと違っていたかもしれません」
③――改革にあたってのリーダーに必要な心構えは。
「大事なのは打たれ強さ、レジリエンス(回復力)です。 変えられないものを受け入れるとともに、感謝の気持ちが必要になります。 感謝の気持ちを生み出すのは、自分という人間の小ささの自覚です。 その自覚をもたらすのは何かしら大きなものの存在です。 私にとってそれは若い頃に出合った芸術の力でした。 人はそれぞれの関心の領域で、大きな力に出合うことができるのです。 その大きな力に触れようと努力することは人生に与えられた永遠の課題です」』
毎日暑い日が続きます。 ご自愛ください。