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継続力が人生を分けます

1.一昨日は城西カップとビギナーズカップでした。  表彰式の後、少年部に向けて次のような話をしました。

『小さいときから一つのことをやり続けることは、将来皆さんが大人になった時に大きな自信となります。  皆さんは極真空手を稽古しているわけですが、柔道・サッカー・野球・水泳・体操・音楽・ダンスなどでも同じことです。  仮に幼稚園から始めた空手を20歳になっても続けていれば、そこから得られる自信ははかり知れません。
長い道のりですから途中で空手を続けるモチベーション(意欲・やる気)が少なくなり、止めたくなることもあります。  試合に出ること、大きな試合を観ることは、そのモチベーションを保ち続けることにつながります。  試合に負けてくやしい、試合に勝ってうれしい、先生の試合を観て感動した、などの感情が空手の稽古を続けるモチベーションにつながります。
来週末は第50回全日本大会です。  城西地区の先生や先輩が多数出場します。  ぜひ会場に足を運び観戦し、皆さんの空手へのモチベーションに活かしてください。』

2.昨日の『伊勢ー白山 道』さんのブログのタイトルは『継続力が人生を分けます』でした。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①最近のテレビ番組で多い傾向は、
・「昔に飛び抜けて〜〜だった、アノ人は今は何をしている人なの?」
・「様々な競技の頂点を極めた人には、一度も勝てなかったライバルが居た。  その最強のライバルの今は何をしている人?」
という昔にある分野で優秀だった人々の、今を調査する番組が人気です。  色々な人々の人生ドラマを知ることが出来ます。

②何回かこの手の番組を見て感じますことは、
・ 昔に負けた人のほうが、その後に世界の頂点に立っている。
・ 昔に無敵だった人は、その競技を止めて、紆余曲折を経て違う職業の人が多い。
そのまま継続すれば良いものを、それがナゼか出来なくなることが、気持ちが向かなくなることが、人により起こります。  (中略)

③そして、「継続力」こそが神秘だと言えます。  頂点を極めた人は、自分が勝てない相手が居ても、継続力で勝ったのです。  何かを継続出来るとは、本当に幸福なことだと言えます。  (中略)  

④善悪の結果よりも、継続性を評価する視点を持って頂ければ、自分の人生が変わるかも知れません。  仕事を辞めてばかりを繰り返す人生よりも、1つの仕事を長く継続することが、収入の意味でも社会保険の意味でもお得です。  継続性を大切にすることを、参考にして頂ければ幸いです。  継続性=道に成ります。』





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『空手生活の知恵』

『落合博満 バッティングの理屈』(落合博満著 ダイヤモンド社)を読みました。  落合さんは、現役時代に日本プロ野球史上唯一となる、3度の三冠王を達成しました。  個人的には「日本のプロ野球史上最強のバッター」だと思っています。  「『野球生活の知恵』を身に付けよう」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①講演会や実技指導で一般の方々と顔を合わせると、必ずと言っていいほど「落合さんは、いつ頃から野球に関して深く考えるようになったのですか」とか「現役時代にはどのくらい練習したのですか」といった類の質問を受ける。  たしかに、練習に関して言えば、現役時代の私はメディアに対して「練習なんかしません」というような表現をしていた。  (中略)  

②いくら熱心に練習を重ねても、結果の出せない選手は次々に消えていくのがプロ野球という世界の厳しさだ。  (中略)  プロ野球選手にとっての練習は、“自分の仕事にとって必要なもの”という認識が私の中にあり、それが「練習はしません。  自分に必要なことをしているだけ」という屁理屈になったのだと思う。

③現役を退いた今、先の質問に素直に答えれば、「練習はしました。  質も量も他のどの選手にも負けないくらい練習しました」と胸を張って言える。  やはり、プロであれアマチュアであれ、投手であれ野手であれ、その選手が残した成績というのは、練習量と質に比例してくると考えている。

④ここで、練習量については、タフな精神力と強靭な肉体があれば、誰にでもある程度はこなしていけるものだと思う。  しかし、練習の質については難しい。  その部分が、先の質問にある「野球に関して深く考える」ということになるのだろう。

⑤かく言う私だって、アマチュア時代から、またプロ入り直後から野球に関してしっかりとした考え方を持っていたわけではない。  極端に言えば、ベテランと呼ばれる部類に入ってからも、ある種の試行錯誤は続いた。  (中略) その日ごとの反省点をいち早く解決する姿勢や能力が大切になり、その結果、技術を向上させたり修正したりするための方法や理屈をいくつも身に付けることができたのだ。

⑥母親が『日常生活の知恵』をいくつも持っているように、私は『野球生活の知恵』をいくつも備えていたということだ。  では、そうした『野球生活の知恵』は、どのように身に付けていけばいいのか。

⑦もちろん、野球に関する何ごとに対しても興味を持ち、自分のアンテナを高く張り巡らせておくことが必要だが、同時に物事を正面からだけ見るのではなく、後ろからも横からも、時には斜めからも俯瞰からも見てみる気持ちも大切になる。  そこには、やはり屁理屈も含めた理屈が出てくる。』 

小学校時代に友達と草野球をした経験しかありませんが、プロ野球を観ることは大好きです。  ニューヨークで松井選手や新庄選手の試合を観たり、シアトルでイチロー選手の試合を観たこともあります。

監督として中日で指揮を執り(2004~2011年の8シーズン)、すべての年でAクラス入りを果たし、4度のリーグ優勝、1度の日本一を達成した名監督でもあった落合さんの技術論・指導論にはかねてから興味がありました。  空手の指導に応用できる知識が満載です。

チーム城西のメンバーには、落合さんのように「質も量も他のどの選手にも負けないくらい練習」し、「『空手生活の知恵』をいくつも備えて」もらいたいと思います。  

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運・鈍・根 その2 

1月28日のブログのタイトルは『運・鈍・根』で、渡部昇一先生の著書からの抜粋でした。  4月26日の朝日新聞夕刊の連載『一語一会』ではジャーナリスト・田原総一朗さんが、祖母の志げさんの教えである『運・鈍・根』を挙げていました。  番号を付けて紹介します。

『①東京12チャンネル(現テレビ東京)を辞め、フリーになった40代の頃、パナソニック創業者松下幸之助さんに尋ねた。  「役員に抜擢するとき社員のどこを見るのか」。  「経営の神様」は答えた。  「運だ」。  難題にぶつかるほど面白がる人間はどんどんやる、すると運が開ける、と。

②田原家は近江商人の末裔である。  幼い頃に聞いた祖母志げさんの教えを思い出した。  「運・鈍・根」。  要領よく立ち回るな、バカになって根気よくやれば運は呼び寄せられる。

③東京12チャンネル時代は危険なディレクターだった。  大学紛争最中の1969年に制作した「バリケードの中のジャズ」は「ピアノを弾きながら死ねたら本望」という山下洋輔さんの思いを知って企画した。  内ゲバに巻き込まれかねない早大構内で演奏会を開こうと持ちかけ、決行までの一部始終を追ったドキュメンタリーだ。  後発局だったから視聴者に振り向いてもらうにはNHKや他のキー局が放送しない危ない番組を作るほかない。  「スポンサーも自分で見つけ、やりたいことしかやらなかった」

④仕事を干された時期に原発について月刊誌に書いた連載で、反対派に対抗するための住民向け広報活動を電通が仕切っていると暴露した。  相手はテレビ局の生命線の広告を握る業界最大手だ。  そのころは触れること自体タブーだったという。  上司2人が処分され、幹部から「連載をやめるか、会社を辞めるか」と迫られて退職した。  77年のことだ。

⑤改めて電通への興味が募り、雑誌連載を思い立つ。  何誌かに断られ、週刊朝日で連載「電通」を始めたら案の定、抗議が来た。  先方の当時の専務と激論を重ねるうち相手が次第に軟化し、やがて理解してくれた。  「難題に取り組むのは好きですね」

⑥テレビ朝日系列の「朝まで生テレビ!」が始まって2年目の88年、昭和天皇が病に倒れて列島を自粛ムードが覆う。  編成局長に目をつぶってもらい、放送開始から40~50分後、新聞のテレビ欄のタイトルにはない「昭和天皇の戦争責任」にテーマを移して左右両翼の論客と討論した。

⑦「好きなことしかしないからストレスがない。  だから今も現役でやれるんです」。  まさに「運・鈍・根」である。(田中啓介)』

4月30日、内部試合の後にも同じような話をしました。  極真空手の修行も、空手道ですから、長い道のりを歩んで行くわけです。  上記②の志げさんの教えと同様に、終わった試合の結果に一喜一憂しないで(鈍)、あきらめずに稽古を続ければ(根)、きっと勝利の女神が微笑んでくれる(運)と思います。

「運・鈍・根」も私の信条の一つです。

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