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三船久蔵十段からのヒント

1.柔道の三船久蔵十段(1883~1965)の生涯を描いた『荒ぶる魂』(嶋津義忠著 PHP文芸新書)を読みました。  三船十段は、身長159cm・体重55㎏と小柄ながら「空気投げ」などの新技をあみ出し、「柔道の神様」と言われた柔道家です。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『(1)①相手を倒すことから始めた柔道だから、久蔵は立ち技の方が性に合っていた。  得意技は持たない。

②勝敗は、相手の虚(弱点)をつき、迅速に動いて敵を倒すことで決まる。  得意技があったとしても、相手はその技に入るかたちになってくれるとは限らない。  そのかたちを作ろうと努めれば、そこに虚(弱点)が生じて、相手につけ込まれる。

③体の動きは千変万化ゆえ、お互いに多様な虚(弱点)を作り出す。  その虚(弱点)に適応した技を繰り出した方が、勝ちを得ることになる。

④久蔵はそう考えるから、得意技を作ろうとしなかった。  多くの技を研究し、生涯に一度しか使うことがなくても、それでよい、と思っている。

(2)①「これまでは、押さば引け、引かば押せ、と言われてきた。  そこから進んで、おれは、押さば回れ、引かば斜めに、と言いたい。  つまり、大事なことは円運動なんだ」と久蔵は言う。  

②相手が押してくる。  それは直線的な力の働きである。  そのとき、こちらが回って背後を押してやれば、相手を前へ突き飛ばすことができる。  

③相手が引くときも同じである。  こちらは斜めに出て押してやればいい。  それは自分が球になることだ。

(3)まだまだ、(空気投げの)完成にはほど遠い。  練り上げ、精度を上げ、美しくしなければならない、と久蔵は思う。  よい技はすべからく美しいのだ。』


2.私の感想を書いてみます。

(1)①の「得意技は持たない」について

松井館長・フィリョ師範・木山監督などの世界チャンピオンに共通するのは、「得意技は○○」という評価がされないことです。  逆に言えば、手技・足技のどの技を取り上げてもすべてが強力で、ひとつの技に絞り切って評価できない、ということだと思います。  世界チャンピオンになるには、すべての手技・足技がトップレベルで使いこなせるオールラウンドプレーヤーであることが必要です。

(2)①の「押さば回れ、引かば斜めに、と言いたい。  つまり、大事なことは円運動なんだ」について

昨年は両手押しが解禁になり、今年の第50回全日本大会から「場外」注意がルールに盛り込まれました。  実際、大会で場外に押し出され、結果として「減点」を取られた選手も見受けられました。  体が大きく手も長い外人選手の押しに対抗する技術の開発が急務です。  その際、三船十段の言われた「押さば回れ、引かば斜めに、と言いたい。  つまり、大事なことは円運動なんだ」ということばは大いに参考になるはずです。

(3)「練り上げ、精度を上げ、美しくしなければならない、と久蔵は思う。  よい技はすべからく美しいのだ。」について

約20年前、東中野で東京城西支部を再スタートさせましたが、その時の私の目標は「芸術的なチャンピオン」を育てることでした。  つまり、大山総裁の言われた「華麗なる組手」の体現者を城西から生み出すことです。  20年経った今もその目標は変わりません。  「よい技はすべからく美しく」、「よい選手の動きはすべからく華麗」です。

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セミコンタクトルールと実戦性

昨日は所沢市民体育館でセミコンタクトルール首都圏交流試合です。  閉会式で『セミコンタクトルールと実戦性』について話をしました。  補足して書いてみます。

1.セミコンタクトルールは実戦性が低いのか

最近、「セミコンタクトルールは今までのフルコンタクトルールに比べて実戦性が低いのではないか」という記述を目にしました。  私は「セミコンタクトルールは極めて実戦性の高いルールである」と考えています。


2.フルコンタクトルールの導入

①格闘技には空手のような打撃系格闘技と、柔道のような組技系格闘技があります。  実戦を考えた場合、打撃系格闘技の技術で最も有効なのは手による顔面攻撃と足による金的攻撃です。

②攻防の技術を高めることにおいて、試合形式の導入は欠かせません。  その場合、足による金的攻撃は安全性の観点から排除されることは当然です。

③極真空手の創始者である大山倍達総裁が、それまでの攻撃を当てない試合ルール(ノンコンタクトルール)を否定し、実際に当て合う直接打撃制ルール(フルコンタクトルール)を提唱しました。  ただし、素手で戦った場合の顔面攻撃はあまりにも危険であるため、手による顔面への突きは反則としたのです。

④今年で全日本大会は50回となりますが、それ以前の大山道場時代は手にタオルを巻いたりして、顔面を実際に当てる組手が行なわれていました。  私は47年前の第3回大会の年に入門しましたが、道場の組手では顔面への牽制や頭突きなどの技術が残っていました。


3.フルコンタクトルールの弊害

その後試合ルールが浸透する中で、手による顔面攻撃がないことを前提とした以下のような弊害が見られるようになってきました。

①手による顔面攻撃がないため、本来あるべき(相手との)間合いがまったく無視され、胸をつけ合うような間合いまで不用意に入って攻防が行なわれる。

②手による顔面への的確な攻撃やその防御に関する対応力が極めて低い。


4.セミコンタクトルールの導入

①顔面の攻防の試合形式については、素手で直前に留める「寸止め」と、グローブや面をつけて実際に叩き合う「直接打撃」が考えられます。  極真会館のように組織的に老若男女が試合に多数参加することを前提とすると、脳障害の予防などの安全面からは「寸止め」にすることが最良だと思います。

②6月に大阪で行われた、「セミコンタクトルール全国交流大会」に続き、2回目の試合でしたが参加選手の技術レベルが順調にアップしているように見えました。

③選手がフルコンタクトルールとセミコンタクトルールの両方の技術を磨くことによって、バランスのとれた打撃系格闘技の技術を身に付けることができると、昨日の試合を見ながら私は確信を持ちました。


5.私の抱く将来像

①将来的にはフルコンタクトルールとセミコンタクトルールと型の三部門で優勝するグランドチャンピオンが出てくることを期待しています。

②そしていずれ、WKFルール(ノンコンタクトルール)で行われるオリンピックの空手競技の金メダリストが、極真会館から出れば最高ですね。

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「学ぶ」の語源

1.先週の日曜日は西東京のビギナーズカップでした。  午後の部の表彰式後、次のような話をしました。

『①4月21日・22日は東京体育館で国際親善大会が行われます。  世界中から各カテゴリーのトップ選手が参加しますので、ぜひ会場に足を運んで観戦して下さい。  

②「学ぶ」の語源は「真似ぶ」です。  上手な人の「真似」をするのが、技術上達の近道です。  国際親善大会には皆さんが「真似」をすべき選手がたくさん出場します。』


2.後から調べると、「学ぶ」の語源は必ずしも「真似ぶ」ではないようです。  ネットで見つけた『小松格の『日本史の謎』に迫る』というブログには以下のように書いてありました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①「学ぶ」の語源は、弟子が師を真似ることから、「まねぶ」であるというのが国語学の常識のようになっている。  なぜこのような説が生まれたのか。  

②「まなぶ」と「まねぶ」の音がたまたま似ていることから、著名な国語学者がそう断定したからであろう。  しかし、この説には何の根拠もない。』

「他の説もある」ということでしょう。  でも、『「学ぶ」の語源は「真似ぶ」です。』と言っても、間違いではないと思います。  


3.4月4日に配信されてきた弁護士の鳥飼重和先生のメルマガに、関連する記述がありました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①他人から学ぶことには、歴史から学ぶことも含まれる。  「学ぶことは、真似ること」という言葉もあるように、なりたい人の真似から新しい自分を創り出すこともある。
  
②ハリウッドの名優、ダスティン・ホフマンはその典型だ。  アカデミー賞の授賞式での、彼のスピーチを紹介しよう。
  
③「私は、ハンフリー・ボガードの熱烈なファンだった。  彼に憧れて俳優になろうと思い、煙草の吸い方から帽子のかぶり方、何から何までボガードの真似をしたよ。  つまり私は、ボガードを真似して真似して、ダスティン・ホフマンになったんだ」( 『人生はニャンとかなる』水野敬也・長沼直樹/著 文響社 )
  
④真似ることは、学ぶ人の個性をも引き出すようである。』

ハンフリー・ボガードって分かるかな~(笑)

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