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あの死闘はアートの域

1.前回のブログでは井上尚弥選手の著書を紹介しました。  

11月15日の日経新聞朝刊・スポーツ欄の特集「アナザービュー」でもWBSSバンタム級決勝が取り上げられていました。  記者の武智幸徳さんが書かれています。  タイトルは「あの死闘はアートの域」でした。  番号を付けて紹介します。 

『①11月7日に、さいたまスーパーアリーナで行われた井上尚弥(大橋)とノニト・ドネア(フィリピン)のワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)バンタム級決勝は、試合前の予想をはるかに超える感涙ものの死闘だった。

②両者ともワンパンチで相手を仕留める腕があるから、形勢はたちまち逆転する。  どのラウンドもゴングが鳴るまで、まばたきができないくらいスリリング。  あまりに古い記憶で恐縮だが、個人的にはその一進一退に、38年前にウエルター級の王座統一を懸けて争ったシュガー・レイ・レナードとトーマス・ハーンズの闘いを重ねていた。

③判定勝ちを収めた後、井上尚は「期待してもらっていたようなファイトはできなかったと思う」と申し訳なさそうに語った。  周りが期待したこととは、26歳の昇る朝日の若い王者が、もうすぐ37歳になる落日の老雄にKOで引導を渡すというストーリーだろう。  確かにそこからは外れた。

④しかし、5階級制覇のドネアが仁王立ちで行く手を阻んだこともあり、まったく別のストーリーがリングで紡がれることになった。  心技体に知も備えた両者が、極限まで力を振り絞る「攻防」という名の物語である。

⑤いろいろな見方、考え方はあるのだろうが、私はスポーツの一番の醍醐味は攻防や競争にあると思っている。  攻防なき試合、つばぜり合いのないレースは強さ、弱さを一方的に確認して終わるだけ。  強すぎる側に責任はないが、相手を解剖するような試合を見ても、その手際の良さに感心するくらいである。

⑥二転三転する攻防、競争は熱狂を呼ぶ。  そこで示されるレベルが高くなればなるほど、スポーツで最も重要とされる勝ち負けをも、時に忘れさせる。  井上尚とドネアが合作したのは、まさにそういうレベルのファイトだったのではないか。  試合後の潔い態度も含め、どこの国の誰が見ても、心からの拍手を送ってくれる中身というか。

⑦スポーツには人種や国籍や宗教といった、いろいろな属性を離れ、観戦者をつかの間、丸裸にしてしまう力がある。  とはいえ、そういうことが成し遂げられることはめったにない。  井上尚とドネアは今回それをやってのけた。  ある意味、あの試合はアートの域に達していたように思う。』


2.かつて『極真英雄列伝』(大下英治著 しょういん 2002年)という本で、取り上げていただいたことがあります。  その中に次のような私のコメントが載っています。

『ボクシングは100年以上の歴史の中でアートになっている。  シュガー・レイ・ロビンソン、モハメッド・アリ、シュガー・レイ・レナード、ロイ・ジョーンズなどの芸術的なチャンピオンを生み出してきている。  極真空手も全日本大会が今年で32回となり、その基礎の段階は経た。  ボクシングのようにアートの域にいけると思う。  (中略)

打たれない。  怪我をしない。  体が小さくても勝てる。  そういう世界チャンピオンをつくりたい』

出版から17年(取材時から19年)経った今も、その思いは変わりません。


3.いよいよ来週は第12回世界大会です。  

井上・ドネア戦のように、ハイレベルで感動的な試合が観られるといいですね。

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リングに命はかけない

11月7日のワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)決勝、井上尚弥選手と5階級制覇王者ノニト・ドネア選手との試合は、すべての面において最高の試合でした。  

井上選手のイメージトレーニングについては、今年の3月24日のブログで取り上げました。

今回は試合直前に発売された『勝ちスイッチ』(井上尚弥著 秀和システム)の中の「リングに命はかけない」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①リングに命はかけない。  試合前に遺書を書いて会場に向かうボクサーや、「ぶっ殺してやる」と、気持ちを極限まで高めて決戦への花道を歩くボクサーの話はよく耳にする。  (中略)  

②実は「命をかける」ボクシングは、僕が理想とするボクシングの対極に位置している。

③殴り合いにいくのだ。  当然、本能も感情も覚悟もある。  しかし、僕が求めているのは、そういう種類のボクシングではない。

④ルールのある競技の中で、2本の腕だけを使って、最大限に、何ができて何を魅せられるのか。  スポーツと割り切れるほど、綺麗な感情ではなく、表現は難しいが、情熱や殺気、そして冷静さ・・・・・・その両方のバランスを操りながら、勝つためのデザインを描き、その作業を遂行していく。

⑤ボクシングの最高峰を突きつめたいのだ。  スピード、テクニック、パワー、気力、ラウンドのコーディネート、そして人智を超えた神技。  僕は「打たさずに打つ」 「パンチをもらわずに勝つ」 究極の心技体の完成作品をそこに求めている。

⑥勝利へのデザインを僕は「作業」と呼んでいる。  「ぶっ殺してやる」という怒りや憎悪の感情が、そこに入り込んでくると、数ミリ単位で計算し、神経を限界まで研ぎ澄まして完成させていく、その作業に狂いを生む。

⑦「ぶっ殺してやる」という種類のテンションは距離を測り、パンチが当たる位置、当たらない位置を瞬時に察知しながら、最善の方法を選択していくというインテリジェンスな作業の邪魔になるのだ。

⑧とはいえバンデージを巻くところからスイッチを入れた僕の全身にはゴングを聞く頃にはアドレナリンが駆け巡っている。  憎悪を持たなくとも殴ることになんら躊躇はない。  (中略)

⑨理想とするボクシングを、誰に対しても、たとえどんな状況であっても、しっかりとあてはめて勝つことができるようになったとき、僕は、本当の自信をつかみ、究極のボクシングと呼べるものを手にできるのかもしれない。

⑩だが、今は、そこまでの自信はない。  これだけ練習をやってきても「まだできない」 「そうじゃない」と納得できないモノがある。  そこに己との戦いがある。

⑪ゆえにボクシングは奥深く、戦えば戦うほど、その深淵に引きずりこまれていく。  ボクシングが大好きで、それを職業にしている一番の理由はここにある。

⑫ドネアとの試合が終わったとき、僕は「究極の作品」と胸を張って語れるボクシングの域に足を踏み入れているだろうか。』

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リスクを冒す

菊澤院長が9月2日のfacebookで紹介していた『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』(ターリ・シャーロット著 白揚社)を読みました。  「6 ストレスは判断にどんな影響を与えるか?」から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.弱小チームはなぜ安全策をとるのか?

①対戦相手に怖気づいた選手は、どのような反応を示すだろう?  (中略)

②ブライアン・バークは、2002年から2006年にかけてアメフトの試合を1000例以上も分析してきた。  そこでわかったのは勝ち目のないチームは、プレイにあまり変化をもたせないということだ。  確かに、保守的な戦略を選べば惨敗する可能性は低いかもしれないが、勝つ見込みも少なくなる。

③クリス・ブラウンの言葉を借りれば、弱いチームは「実力で勝つ見込みはほとんどない。  だから彼らに必要なのは・・・・・・相手に衝撃を与えてチャンスを広げることだ。  うまくいかないかもしれないし、こてんぱんにやられてしまうかもしれない。  しかしやってみなければ、勝つ見込みは確実に低いままだ」


2.リスクの冒し方

①1989年6月5日、パリにあるスタッド・ローラン・ギャロスのテニスコートで、17歳のアジア系アメリカ人選手がサーブを打とうとしていた。  彼の名はマイケル・チャン。  この年の全仏オープンに第15シードで出場していた。  コートの反対側に立つのはイワン・レンドル。  最も注目すべきは、レンドルが世界ランク1位だったことだ。

②チャンとレンドルがコートで顔を合わせたのは、これが初めてではなかった。  1年前にアイオワ州のデモインで、レンドルは赤子の手をひねるようにチャンを打ち負かした。

③全仏オープンのコートでレンドルは最初の2セットをいとも簡単に連取したが、チャンは続く2セットを何とか奪い返す。  しかしその踏ん張りが若者の体力を奪っていった。  3時間以上に及ぶ全力プレイが、彼を衰弱させ脱水気味にさせた。

④「第4セットの終盤になると、ここぞというところでいつも足が痙攣してしまい、思い切り走れなくなりました。  だからムーンボール(・・・スピンをかけ、スピードは速くないが、高くバウンドするボール)を多用する一方で、できるだけ少ないラリー数でポイントを取る手段に出たんです」とチャンは言う。

⑤彼の肉体は限界に達していた。  もうやめよう、彼は思った。  「サーブも打てないし、コーナーへのショットを拾うこともできない。  僕はサービスラインへ歩いていきました。  審判に、もうこれ以上できません、棄権します、と知らせるためにです。」  ところが彼は考え直した。

⑥審判のもとへたどり着く直前、気持ちに変化が起こった。  「ハッと気づいたんです。  もしも今ここでやめたら、この先コートの中で苦しい思いをするたび、もっと簡単に諦めるようになってしまうだろうって。  その瞬間から、勝ち負けは大して重要じゃなくなりました。  今日の僕の課題は、最後まで戦い抜くこと。  勝とうが負けようが、試合をまっとうしようと決めました」。  チャンは踵を返し、ゲームの勝敗を決める最終セットの戦いに舞い戻った。

⑦勝敗にかかわらず、チャンが次に下した決断は、彼を非凡な選手に変えた。  15-30とリードを許し、なおも肉体的に苦しみながら、チャンはある型破りな手段に打って出た。  (中略)  チャンが選んだのは意表をつく作戦だった。  「とっさに思いつきました。  そうだ、ここでアンダーサーブ(・・・下から打つサーブ)を打とう。  もしかしたらポイントを捻り出せるかもしれないって」。  速くて強力なサーブの代わりに、彼は子供が打つようなサーブを放った。

⑧これが功を奏した。  アンダーサーブがレンドルの不意を打ち、ポイントは30-30。  そのゲームを取り自信を取り戻したチャンは、ゲームカウント5-3とリードすると、もう一つの奇策に出る。

⑨「マッチポイントは2回ある。  挑戦してみるのもありかもしれない」。  レンドルのサーブに対し、チャンはゆっくりとサービスラインに向かって歩き、その突飛な動きでレンドルの集中力を乱そうとした。  観客席からは嘲笑や野次が聞こえる。  動揺したレンドルはダブルフォルト(・・・サーブを二回とも失敗すること)を犯し、それで試合は終了した。  

⑩その後も勝ち進んだチャンは全仏オープンを制覇した。』

マイケル・チャン選手は2003年に引退しましたが、2013年から錦織圭選手のコーチを務めています。

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