2023.07.01 Sat
聞く力
『聞く力』(阿川佐和子著 文春新書)を読みました。 「1 聞き上手とは」から抜粋し、番号を付けて紹介します。
『①レスリングの浜口京子選手にお会いしたのは、彼女がアテネ五輪に出場した直後。 準決勝のときに電光掲示板にポイントが正しく表示されず、浜口選手が延長戦だと思っているうちに、負けの判定が下される、というアクシデントのあったあとでした。 結局、その五輪では三位決定戦に勝利し、銅メダルを獲得できたのですが、そのインタビューではなんといっても、あの不可解な判定に焦点が絞られます。
②あの瞬間、浜口選手はどう思ったのか。 悲しかったのか、悔しかったのか。 涙は出なかったのか。 ヤケを起こしたくならなかったのか。 なにより、どうやって、その後の三位決定戦までに、気持を切り替えることができたのか。 (中略)
③実際、浜口選手もあの瞬間、何が起こったのか理解できないほどボーッとして、とりあえず審判に抗議をしてみたものの、取り合ってもらえず退却する。 その後、選手村に戻り、六時間後の三位決定戦までに気持の切り替えをしなければいけないと頭のどこかで気にしながらも、「なんでこんなことになったんだろう」という思いから抜けられない。 そこで、浜口選手は携帯で家族に電話をするのです。
④「母が電話に出て『京子は世界 (世界選手権)でゴールド取った女なんだぞ。 堂々と戦いなさい!』と言われた瞬間、『あ、そうだ。 こんなところで落ち込んでいる場合じゃない』と目が覚めました」
⑤さらにお母さんは、「私は今まで勝てって言ったことはないでしょ? でも、今回は勝ちなさい。 銅メダルを取りなさい」と。 そして同時に「お前はよくやった」と娘を評価する。 その一言で、それまでただ呆然とするだけで泣くこともできなかった浜口選手が初めて涙を流し、試合場に戻ったときは、「あ、また試合ができるんだ! 嬉しい! と、笑顔になるくらい、元気が出てきたんです」。 (中略)
⑥もし私が母親の立場にいたとして、自分の子供が京子ちゃんのように、どうしていいのかわからなくなっているときに、いったいどんな言葉をかけるだろうか。
⑦「気にするな」と言ったら、「お母さんにとっては他人事だろうからそんなこと言えるんでしょうけど、そんな簡単にはいかないのよ。 わかりもしないで勝手なこと言わないで」と反論されるかもしれない。 「頑張りなさい」と肩を叩けばきっと、「もうじゅうぶん頑張ってるわよ。 そんなありきたりな言葉しか出ないわけ」と子供が逆に怒り出すかもしれない。 ああ、とても私には、最適な言葉を選ぶことはできないだろうなあ......。
⑧そう思うと、京子ちゃんのお母さんが選んだ言葉が、どうして「それ」だったのか。 そして、その母親の言葉が、どうして京子ちゃんの胸をピンポイントで射止めたのか。 まるで宝くじのように当たる確率の低い難問に思われて、「お母ちゃん、お見事!」と拍手を送りたい気持になりました。
⑨でもきっと、それは互いに互いのことを熟知して、深くて大きな愛情が通じ合っているからこそ、為せる業だったのだと思います。』
普段の稽古や試合のときなどに選手に声をかけることがあります。 ことば数が多いから思いが通じるわけではありません。 たった一言が選手の力を引き出した経験も持っています。
20代前半に国家試験の勉強をしていたときに、自律神経失調症を患いました。 勉強を中断しようとした私に、母親から「中断せずに休み休みでもいいから勉強を続けたら」と声をかけられました。 今振り返ると、あのとき中断したら再開しなかったかもしれません。
『①レスリングの浜口京子選手にお会いしたのは、彼女がアテネ五輪に出場した直後。 準決勝のときに電光掲示板にポイントが正しく表示されず、浜口選手が延長戦だと思っているうちに、負けの判定が下される、というアクシデントのあったあとでした。 結局、その五輪では三位決定戦に勝利し、銅メダルを獲得できたのですが、そのインタビューではなんといっても、あの不可解な判定に焦点が絞られます。
②あの瞬間、浜口選手はどう思ったのか。 悲しかったのか、悔しかったのか。 涙は出なかったのか。 ヤケを起こしたくならなかったのか。 なにより、どうやって、その後の三位決定戦までに、気持を切り替えることができたのか。 (中略)
③実際、浜口選手もあの瞬間、何が起こったのか理解できないほどボーッとして、とりあえず審判に抗議をしてみたものの、取り合ってもらえず退却する。 その後、選手村に戻り、六時間後の三位決定戦までに気持の切り替えをしなければいけないと頭のどこかで気にしながらも、「なんでこんなことになったんだろう」という思いから抜けられない。 そこで、浜口選手は携帯で家族に電話をするのです。
④「母が電話に出て『京子は世界 (世界選手権)でゴールド取った女なんだぞ。 堂々と戦いなさい!』と言われた瞬間、『あ、そうだ。 こんなところで落ち込んでいる場合じゃない』と目が覚めました」
⑤さらにお母さんは、「私は今まで勝てって言ったことはないでしょ? でも、今回は勝ちなさい。 銅メダルを取りなさい」と。 そして同時に「お前はよくやった」と娘を評価する。 その一言で、それまでただ呆然とするだけで泣くこともできなかった浜口選手が初めて涙を流し、試合場に戻ったときは、「あ、また試合ができるんだ! 嬉しい! と、笑顔になるくらい、元気が出てきたんです」。 (中略)
⑥もし私が母親の立場にいたとして、自分の子供が京子ちゃんのように、どうしていいのかわからなくなっているときに、いったいどんな言葉をかけるだろうか。
⑦「気にするな」と言ったら、「お母さんにとっては他人事だろうからそんなこと言えるんでしょうけど、そんな簡単にはいかないのよ。 わかりもしないで勝手なこと言わないで」と反論されるかもしれない。 「頑張りなさい」と肩を叩けばきっと、「もうじゅうぶん頑張ってるわよ。 そんなありきたりな言葉しか出ないわけ」と子供が逆に怒り出すかもしれない。 ああ、とても私には、最適な言葉を選ぶことはできないだろうなあ......。
⑧そう思うと、京子ちゃんのお母さんが選んだ言葉が、どうして「それ」だったのか。 そして、その母親の言葉が、どうして京子ちゃんの胸をピンポイントで射止めたのか。 まるで宝くじのように当たる確率の低い難問に思われて、「お母ちゃん、お見事!」と拍手を送りたい気持になりました。
⑨でもきっと、それは互いに互いのことを熟知して、深くて大きな愛情が通じ合っているからこそ、為せる業だったのだと思います。』
普段の稽古や試合のときなどに選手に声をかけることがあります。 ことば数が多いから思いが通じるわけではありません。 たった一言が選手の力を引き出した経験も持っています。
20代前半に国家試験の勉強をしていたときに、自律神経失調症を患いました。 勉強を中断しようとした私に、母親から「中断せずに休み休みでもいいから勉強を続けたら」と声をかけられました。 今振り返ると、あのとき中断したら再開しなかったかもしれません。