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道教思想10講

1976年から、朝の立禅を日課にしています。  昨年は『武道気功 私の「立禅」修行』(道義出版)という本を出しました。  立禅の根本思想には道教があり、「第11章 道教と練丹法」で解説しています。

今回取り上げるのは『道教思想10講』(神塚淑子著 岩波新書)です。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.道教は、老子の思想を根本とし、その上に不老長生を求める神仙術や教団道教で用いられた符籙(ふろく・・・おふだを用いた呪術)や斎醮(さいしょう・・・亡魂を救済したり災厄を除去するために行う祭祀儀礼)、あるいは、仏教の影響を受けて作られていった経典や儀礼など、さまざまの要素が時代の推移とともに、多層的に積み重なってできている。

2.(不老長生を求める)養生術においては、「気」が大きな役割を持つ。  『老子』第10章に、「気を専らにし柔を致して、能く嬰児たらんか」とあるのは、純粋な「気」を専一に保ち、この上なき柔軟さを持ち続けることによって、嬰児(えいじ・・・生まれたばかりの赤ん坊)のような生命力を維持できることを述べている。  「気」を養うにあたっては、「行気(こうき・・・気を体内にめぐらす)」の重要性が着目されている。

3.①「内丹」は瞑想法などを通じて、自分の体内の気を精錬することによって、身体内部に還丹金液(金丹)を作り出そうとするものである。  (中略)

②内丹法に見られる思想として注目すべきものに、内丹の修練は人体の形成を逆行する過程であるという考え方がある。  修行を進めると、「精→気→神→虚(道)」の順で人体の生成を遡り、神仙に近づくという説である。  元(1271~1368)の李道純が著した『中和集』では、修行過程を「1.錬精化気(精を錬り気に化す)」 「2.錬気化神(気を錬り神に化す)」 「3.錬神還虚(神を錬り虚に還る)」の三段階に分けている。

4.①古代日本において、道教を儒教・仏教と並べて「三教」と呼び、三者を比較しつつ、それぞれの思想の要点についてはじめて本格的に論述したのは、空海(774~835)の『三教指帰(さんごうしいき)』である。  (中略)

②(薬草・符・呪禁・呼吸法・錬丹などの)仙術を修めることによって、身体が若返って長生きし、時空を超えて思いのままに天翔ることができるようになり、「淡白にして欲無く、寂寞として声無く、天地とともに以って長く存し、日月とともにして久しく楽しむ」というように、根源の「道」と一体化して、精神の自由を得ることができると述べる。  (中略)

③空海は道教というものを、『老子』の恬淡無欲にして「道」と一体化するという思想と、晋(265~420)の葛洪が著した『抱朴子』に見える神仙思想とを合わせたような形で捉えていたことがうかがわれる。』

内容的にはちょっとマニアックですが、前述の『武道気功』を補足する意味と、私自身の備忘録として紹介しました。

興味ある方は、『武道気功』と併せて読むとわかりやすいと思います。

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村上春樹さん

先週紹介した村上春樹さんの『職業としての小説家』の中に不思議な逸話がいくつか書かれていたので抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.国分寺でジャズ喫茶を経営していたころの話

①銀行に月々返済するお金がどうしても工面できなくて、夫婦でうつむきながら深夜の道を歩いていて、くちゃくちゃになったむき出しのお金を拾ったことがあります。  シンクロニシティーと言えばいいのか、何かの導きと言えばいいのか、不思議なことにきっちり必要としているお金でした。

②その翌日までに入金しないと不渡りを出すことになっていたので、まったく命拾いをしたようなものです(僕の人生にはなぜかときどきこういう不思議なことが起こります)。  本当は警察に届けなくてはいけなかったんだけど、そのときはきれいごとを言っているような余裕はとてもありませんでした。


2.小説を書こうと思ったときの話(国分寺の店が立ち退きを迫られ、千駄ヶ谷に店を移した後)

①1978年4月のよく晴れた日の午後に、僕は神宮球場に野球を見に行きました。  午後1時から始まるデー・ゲームです。  僕は当時からヤクルトファンで、神宮球場から近いところに住んでいたので、よく散歩がてらふらりと試合を見に行っていました。  (中略)

②1回の裏、広島の先発ピッチャーが第1球を投げると、(先頭打者)ヒルトンはそれをレフトにきれいにはじき返し、二塁打にしました。  バットがボールに当たる小気味の良い音が、神宮球場に響き渡りました。  ぱらぱらというまばらな拍手がまわりから起こりました。  僕はそのときに、何の脈絡もなく何の根拠もなく、ふとこう思ったのです。  「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」と。

③そのときの感覚を、僕はまだはっきり覚えています。  それは空から何かがひらひらとゆっくり落ちてきて、それを両手でうまく受け止められたような気分でした。


3.「群像」の新人賞を取ったときの話

①「群像」の編集者から「村上さんの応募された小説が、新人賞の最終選考に残りました」という電話がかかってきたのは、春の日曜日の朝のことです。  神宮球場の開幕戦から1年近くが経ち、僕はすでに30歳の誕生日を迎えていました。  (中略)  

②その編集者の話によれば、僕のものも含めて全部で5篇の作品が最終選考に残ったということです。  「へえ」と思いました。  でも眠かったこともあって、あまり実感は湧かなかった。  僕は布団を出て顔を洗い、着替えて、妻と一緒に外に散歩に出ました。  

③明治通りの千駄ヶ谷小学校のそばを歩いていると、茂みの陰に1羽の伝書鳩が座り込んでいるのが見えました。  拾い上げてみると、どうやら翼に怪我をしているようです。  僕はその鳩を両手にそっと持ち、表参道の同潤会アパートメントの隣にある交番まで持って行きました。  そのあいだ傷ついた鳩は、僕の手の中で温かく、小さく震えていました。

④そのときに僕ははっと思ったのです。  僕は間違いなく「群像」の新人賞をとるだろうと。  そしてそのまま小説家になって、ある程度の成功を収めるだろうと。  すごく厚かましいみたいですが、僕はなぜかそう確信しました。  とてもありありと。  それは論理的というよりは、ほとんど直観に近いものでした。』

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実験と体験

7月26日のブログで取り上げた、本山博先生と渡部昇一先生との対談集『霊の研究 人生の探求』(致知出版社)の『第五章 生まれ変わりの真実・・・カルマの法則』から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.渡部・・・カルマということについて少しお聞きしたいと思います。  カルマというのは因果応報(いんがおうほう・・・人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということ)といいますね。  これは死んだ人の霊魂が何代か経て甦(よみがえ)るということと考えていいのでしょうか。

本山・・・意味としては「因果応報」だけれど、ふつうは「業(ごう・・・前世の善悪の行為によって現世で受ける報い)」といいますね。


2.本山・・・①宗教で科学の実験に当たるのは体験することだと思います。  その事実を体験するか、体験しないかによって決まるんです。  科学だって仮説の状態で観察をする。  そしてその中にどうもひとつの法則がありそうだとなると、その法則を証明するために実験装置や道具をつくる。  そしてそれが証明されたら、一応、事実の法則として認めるわけですね。

②そういう科学の実験に当たるものが宗教においては体験です。  事実を実際に体験するしかない。  それを抜きにして、いろいろビジョンを立ててみても、それはただの神学にすぎない。  そういうのはいずれなくなるのだからどうでもいい。  今のところ仏教なら二千五百年、キリスト教なら二千年続いていますが、それがそのままずっと続くかというと、決してそうじゃないと思う。  必ず変わるはずです。  だけど事実は変わらない。

渡部・・・しかし私が知る限り、キリスト教で生まれ変わりを信じる人はいませんよ。  これは絶対ない。

本山・・・それは実際にそういうカルマと再生というものを見た上で信じないのか、見たことがないのに信じないのかが問題です。  見たことがないのに信じないと言ったって、これは「信じない」ではなくて「知らない」ということでしょう。  もし正直な人ならば、「知らない」と言うはずですよ。  自分はそういうのは見たことも体験したこともないから知らないと言えばいいけれど、信じないというのはまた別論ですね。

渡部・・・しかし、生まれ変わりの証明は難しいでしょう。  不可能と言ってもいい。  


3.本山・・・①ある人が生まれてくる場合に、個人のカルマが主になって生まれる場合もあるし、国のカルマを背負ってそれが中心になって生まれてくるときもあるし、それから家のカルマを存続させるために生まれてくる場合もあるし、あるいは地球のカルマがその人の生まれる原因になって生まれてくることもある。

②つまり、生まれてきたカルマによって働く場所が違うんですよ。  それぞれ自分の持った器に従って生きているわけだから、その器を超えられるように器の中で精一杯に働いて、働きそのものの中に融(と)け込んでしまうほど夢中になっているうちに自然にカルマは解けていきます。  そして、カルマが解けるから、さらに進歩できるんですよ。』


明日は昇級審査会です。  

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