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デンプシー・ロール

1.『地上最強の男 世界ヘビー級チャンピオン列伝』(百田尚樹著 新潮社)を読みました。  1919~27年の世界チャンピオン、ジャック・デンプシーを取り上げた第八章から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①彼は、身長は185センチあったが、体重は187ポンド(約84.8㎏)しかなかった。  この時代、急速に大型化するヘビー級ボクサーの中では明らかに体格的に見劣りした。

②そこでデンプシーが考えたのは、体全体を使ってパンチを打つということだった。  それまでのヘビー級のボクサーは上半身を立てて(アップライト・スタイルという)、どちらかといえば重心をやや後ろに掛けてファイトするというスタイルだったが、彼は反対に体を前傾させる姿勢を取った。

③これはクラウチング・スタイルと呼ばれるもので、デンプシーが初めてこれを取り入れたボクサーだと言われている。  そして彼はその姿勢のまま、上半身を「∞」の形を描くようにロールさせ、その反動を利用してパンチを振るった。

④これは「デンプシー・ロール」と呼ばれ、小柄なファイターの多くがこれを取り入れた。  後のヘビー級チャンピオン、ジョー・フレージャーやマイク・タイソンなどの動きも、このバリエーションと言える。  フレージャーもタイソンもヘビー級ボクサーの中では小柄だった。』

前々回7月26日のブログで、講道館・上村春樹館長の『「小さいことが私の武器になる」と気づかされたとき、自分の世界が開けたような気がした』という話を紹介しました。

「小さいから大きい人に勝てない」というのは、創意工夫しない言い訳にすぎません。  極真の長い歴史の中でも、大先輩である藤平昭雄先生を始めとして、「小さな巨人」と呼ばれた名選手が何人かいます。


2.前回のブログのタイトルは「信義」でした。

『訣別の街』(原題:City Hall)という1996年公開のアメリカ映画があります。   その中で、アル・パチーノが演じるニューヨーク市長ジョン・パパスが、次のような話をします。

『大切なのは信義だ。  男と男を結びつける、言うに言われぬ物だ。  1000回も電話をかけ合い、苦楽をともにしてきた。  握手をした時の感触だ。  それは一生つきまとう。』

私の大好きなセリフです。

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信義

1.『国家経営の本質』(野中郁次郎他編著 日本経済新聞出版社)を読みました。  イギリスのマーガレット・サッチャー元・首相(在任期間1979~90年)に関する記述から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『サッチャーは、東欧共産体制の崩壊以後のミハイル・ゴルバチョフ(元・ソ連共産党書記長)との関係を改めて述懐している。

「①私の首相としての最後の年(1990年)には、改革を進めるゴルバチョフ氏を支持するのが賢明なことかという疑問がどんどん高まっていった。  しかし、私は支持を続けたし、いまもそれを後悔していない。  

②第一に、私は、好きになり、友人になった人々の運が変わったからといって、彼らを見捨てることが本能的にできない人間である。

③これは当座の不利益を招くかも知れないが、私の経験では、いっしょに仕事をしなくてはならない相手から、よりいっそうの尊敬が得られるのである。  尊敬を払われることは大きな財産である。

④しかし、第二に、そしてもっと重要なことは、私には当時、ゴルバチョフ氏ほど改革を進める能力をもつ人物は見当たらないように思えたことだ。」〔『サッチャー回想録(下)』〕

⑤サッチャーはどこまでも信義を重んじる政治家であった。』


2.一昨日、川島智太郎と会ったとき、ある政治家の人物評になりました。  以下はその時の会話です。  

私・・・「○○さんは2世3世でもないたたき上げで、先日の選挙でも直前の批判本をものともせずに大勝したのは、ある意味大したものだよね。」

川島・・・「でも、○○さんは出世する過程で、多くの人との縁を切りながら、生きてきました。  うまく世渡りしてきましたが、結果として、周りの人材がいつも離れていきます。」


3.以前お世話になったある会長が、次のようなことをよく言われていました。  「人物の評価は、その人の周りの人間関係を見るとよく分る。  会うたびに取り巻きが変わるような人物は、あまり信用できない。」


4.私もサッチャーさんの信義に対する考え方を支持しますし、そんな人間関係を作っていきたいと思って生きてきました。  

何十年もお付き合いいただいている皆さんには、いつも感謝しています。

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逆転の発想

『柔の道 斉藤仁さんのこと』(山下泰裕編 講談社)を読みました。  講道館の上村春樹館長が書かれている「逆転の発想」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①日本人は、外国人とくらべて筋力は弱いし、手足も短い。  「そのハンデを、どうすれば柔道で打ち消すことができるか」  私はそれを懸命に考えました。

②ヒントになったのは、航空工学者で、「日本の宇宙開発の父」と呼ばれる糸川英夫先生の『逆転の発想』という本(1974年刊)です。

③この本を読み、「小さいことが私の武器になる」と気づかされたとき、自分の世界が開けたような気がしました。

④だから、斉藤にもよく言ったものです。  「発想の転換をしなさい。  こちらから見ているだけでなく、相手側から見てみるのだ。  大きいことが本当に有利なのか、小さいことは武器にならないのか。  それを徹底的に考えることだ」

⑤スピードがある選手ならそれを武器にすればいいし、身体がやわらかいならそれを活かせばいい。  自分の長所をさらに強化し、足りない部分を補い、技につなげていく。  それが柔道というものです。

⑥全盛期の斉藤は大きな身体を武器にしていましたが、(上村監督のもと、斎藤選手が2度目の金メダルを獲得した)ソウル五輪のころは、右脚が左脚より10センチも細くなっていました。

⑦斉藤のような左組手の選手は、たいてい軸足になる右脚が太くなります。  当時の斉藤はケガを負った軸足が使えず、それで細くなっていたわけです。

⑧しかし、「だから何だ?」と私は問いかけました。  「右脚がダメなら、左脚をうまく使えばいいだろう」

⑨斉藤は親からもらったすばらしい身体を武器にしたこともあるし、ガタガタの身体で闘った経験もあります。  その違いを理解していたからこそ、選手を適切に指導できた(斎藤監督のもと、日本柔道はアテネで3つの金メダルを獲得した)といえるでしょう。』 

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